これで京、大阪から高野山へ向かう四本の街道をすべて踏破しました。
いずれの街道もほぼ直線で南へ向かっており、歩きやすい街道でした。
次の目標は高野山を登る高野七口をすべて踏破する予定です。

 高野山へ登る高野七口の一つ、黒河道は途中三つの峠を越えて高野山に至る道で、かなりの急坂が続く、厳しい道でした。今回はたまたま地元で行われている「雑事のぼり」という行事に同行させていただいたため、道に迷うこともなく、また道中色々と教えていただくことができて、坂道はきつかったけれど、楽しい歩きになりました。

京、大阪から高野山へ向かう道の1本で、堺から河内長野までの道です。この道が高野詣に最もよく利用されていた道だそうで、緩やかな上り坂の多い道でしたが、各所に道標や標識があり、わかりやすい道でした。
 日ごろは一人旅なのですが、今回は友人と二人で歩き、楽しい旅になりました。

 所用で京都に出かけるついでに歩いてきました。
 京都の天皇・公家を中心にして、高野山へ参詣に向かうルートが複数本あるのですが、東高野街道はその中では、最も長い道です。
 この街道は石清水八幡宮を起点にして、生駒山脈の西側山麓沿いを南へほぼ一直線に下る道で、歩きやすく、気候も良かったので気持ちよく歩くことができました。

日本書紀にも出てくるという日本最古の道、山の辺の道は南コースと北コースに分かれており、それを二日間で歩いてきました。
道は整備されており、また随所に標識が立っていて、とても分かりやすい道でした。
三輪山の山沿いをまわっている道に沿って、古い神社仏閣、さらに数多くの古墳があって、タイムスリップしたような感じを受ける街道で、距離も短く、楽しく歩くことができました。

剣豪の里柳生と奈良を結ぶ柳生街道は山の中の道でした。
沿道には数多くの石仏があり、昔をしのばせる、趣のある街道でした。
この道は東海自然歩道となっていて、随所に道標が立っていて、地図を見なくても歩くことができました。
新緑のきれいなこの時期、とても気持ちのいい道でした。

ほぼ一年ぶりに歩いてきました。
奈良から桜井までの上街道は平たんな道で、ほぼ直線に南下する道でしたが、それでも間違ってしまった箇所がありました。
今回は好天に恵まれてとても気持ちよく歩くことができました。
比較的時間が取れる状態に戻りましたので、これから再び街道歩きを再開したいと思っています。

 前回写真を撮っていなかった檀上伽藍~奥ノ院までをもう一度歩き、無事すべての町石の写真を撮ることができました。
 その後、女人道を歩いて、高野七口のうち、六口の女人堂跡も歩いてきました。ここは歩いている人はほとんどいなかったものの、道は整備され、道案内の看板もしっかり立っていたので、迷うことなく歩くことができました。

開創1200年を迎える高野山の町石道を歩いてきましたが、町石道はアップダウンが少なくて、とても歩きやすい道でした。
今回は会社の仲間2人と一緒に歩きましたが、気候も良くて、とても楽しい旅になりました。
ただ檀上伽藍から奥ノ院までの間にあった町石36基を、私のミスで確認し、写真を撮ることができなかったことが残念で、心残りです。

2月22日に無事八十八番札所大窪寺まで歩き終えて、二回目の四国遍路を結願しました。
今回は途中、故障で歩けない時期があったりして、大分時間がかかってしまいましたが、何とか歩き終えることが出来ました。
今回の歩きで、故障からの回復を確認できましたので、これからも更に歩きを続けていきたいと思っています。

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